東京高等裁判所 昭和56年(う)2134号 判決
所論は、要するに、原判決は、同判示第一の事実につき、被告人は酒気を帯びアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で軽四輪貨物自動車を運転した旨認定判示しているが、関係証拠によれば、被告人は本件当時いわゆる酒酔いの状態に達していたと認めるには足りず、むしろ酒気帯びの状態にあつたと認めるのが相当というべきであるから、原判決にはこの点において証拠の評価を誤り事実を誤認した違法があるというべきであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、記録を精査して考察するのに、原判決の挙示する被告人の司法警察員に対する昭和五六年五月一九日付及び検察官に対する同月二六日付供述調書、菅原光弘の検察官及び司法警察員に対する同月二五日付各供述調書、菅原真二及び寺嶋光洋の司法警察員に対する各供述調書並びに司法警察員石田昭外一名作成の「公務執行妨害並びに道路交通法違反被疑者の飲酒検知状況について」と題する書面を総合すると、被告人の飲酒の適量はせいぜい日本酒なら四合位、ビールだと中瓶で五本位の量であつたといえるところ、被告人は本件当日の午後三時三〇分ころから雇主の菅原光弘と共に駐車中の自動車内等で飲酒し、ビールをコツプに二杯位と日本酒約四合を飲んだ後、場所を変え、同日午後九時ころから銚子市新生町にある菅原真二方において更に日本酒約五合を飲酒したため、同日午後一〇時三〇分過ぎころ同人方を出た際には、身体をふらつかせて千鳥足の状態であつたこと、被告人は菅原光弘を自宅に送るため軽四輪貨物自動車を運転して出発したが、同日午後一〇時四〇分ころ右新生町一丁目九番地付近道路上を前照灯も点灯せず蛇行しながら走行しているところを、折から交通取締りに従事中の銚子警察署勤務の警察官寺嶋光洋らに現認されて停止を命じられるや、その場から逃走し、その後原判示第二の右警察官に対する公務執行妨害に及び、同日午後一〇時五二分ころ現行犯人として逮捕されたものであること、被告人は銚子警察署に引致された直後の同日午後一一時過ぎころ、警察官から再三飲酒検知に応じるよう求められたのにこれを頑強に拒否したが、当時の被告人の状態は、酒臭が強く、顔面は赤く、目が充血して鼻を垂らし、千鳥足で歩行するなど、酔払いに見られる特異な身体状況が認められたこと、しかし、一夜明けた翌一九日午前八時三〇分ころには言語、動作にも平静さがみられ、その頃実施した飲酒検知には素直に応じたが、その結果によると被告人の身体から呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールが検出されたこと、がそれぞれ認められる。そして、これらの事実に徴すると、原判示第一の事実のとおり、被告人が昭和五六年五月一八日午後一〇時四〇分ころ同判示場所において軽四輪貨物自動車を運転した際には、酒酔いの状態にあつたことは明白であるといわなければならない。
これに対し、所論は、(一)被告人の前示検察官調書によると、被告人は本件当日の午後三時三〇分過ぎころから同日午後一〇時ころまでの間にビールをコツプで二杯と日本酒四合位を飲酒したことが認められるとの前提に立ち、これは被告人の日ごろの酒量をそれ程超えているとはいえないこと、(二)被告人は本件自動車運転の直後、原判示第二のとおり、河岸公園内利根川渡船場の駐車場に至り、職務質問をした警察官寺嶋光洋らと揉み合うなどをして、被告人自身も身体に相当の打撃を受け疲れ切つていたのであるから、司法警察員石田昭外一名作成の前示捜査報告書に記載された被告人の上掲のような身体状況はそのまま飲酒の結果のみにより生じたものとは認められないことなどによれば、被告人の本件酒酔い運転はこれを認めるに足りる確実な証拠が存在しないというべきであるというのであるが、記録を精査検討すれば、被告人は前示検察官調書において、所論指摘の飲酒を終えた後更に菅原真二方に赴き日本酒を飲んだが、その量は記憶していない旨供述しているところ、菅原真二の前示司法警察員調書によると、同人方の被告人の飲酒量は前認定のとおり日本酒約五合である、というのであるから、被告人は当日日本酒だけでも合わせて約九合を相次いで飲んでいることになり、被告人の当日の飲酒量を根拠とする所論は、その前提をなす本件当日の被告人の飲酒量につき事実認識を著しく誤つていることが明白であるから、採用の限りではないことはいうまでもなく、また、被告人が現行犯人として逮捕された直後、頑強に検査を拒否したため、当夜直ちに科学的な方法による飲酒検知ができず、従つて、その時点における被告人のアルコール保有量に関する正確な資料の存在しないことは、所論指摘のとおりであるが、被告人が逮捕された際右警察官らとの間に多少のもみあいがあつたことを考慮しても、前示認定にかかる被告人の当日の飲酒量、犯行の約一〇分前ころ菅原真二方を出る際の被告人の様子、犯行時における自動車の運転状況等に加えて、本件犯行から約一〇時間を経過した後の翌朝に至つて漸く実施された飲酒検知の結果によつても、なお呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコール保有量が検出された事実等にかんがみれば、前示捜査報告書に記録された被告人の身体状況が酒酔いの影響によるものであることに疑念を差し挟む余地は存在せず、被告人の本件酒酔い運転はこれを認める証拠に缺けるところは毫も認められないから、所論の失当であることはいうまでもない